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2009年5月23日 (土)

阿修羅展―仏教と日本語とアジア

昨日はエドベンチャーに行った帰り、急いで上野の阿修羅展を見てまいりました。うかうかしていると、終わってしまいそうですし忙しくてまた出直すことができそうもなかったからです。予想通りまだまだ混雑していて50分待ち、ゆっくりは見れないほど中も混んでいました。会期中の終わりのほうが混むので、こういう展覧会の時は始まってすぐにさっさと見に行ったほうが良さそう。

京都はともかく奈良はそれなりによっこいしょ、と行かねばならず、長いこと行っていません。行ったら嬉しいだろうなあ。長いこと見ていなかったのですが、有名な美しい阿修羅像は大騒ぎを静かに見下ろされていました。苦しみをこらえているような美しい表情、手の動き、すべての調和が取れたプロポーション。素晴らしいです。

仏教の色々を見て回るたびに思うこと。それはアジアの中でどれほど色々なものが共有されたイメージとして持たれているかということ。今回の展示にもあった八部衆の一つ「迦楼羅像」はインドの神話に出てきますし、アジアではガルーダとしてあちこちの銀行・会社のシンボルとして有名。インドネシアはガルーダ・インドネシア航空ですもの。

仏という「フツ」という言葉も元はインドから来たもの。タイでも仏は「プラプット」「プッ」です。有名な寝仏「ワットポー」だって「ポー」は菩提樹の「ボー」に通じています。仏教はインド発祥なので何気なく私達が使っている言葉の源が、インド生まれのものはたくさんあります。ヨーロッパにも色々下に流れている文化に、共通性があるわけですが、アジアにも仏教・ヒンドゥー教には共通性があります。そんなことを思いながら、阿修羅展を見てまわりましたが、もっと静かな所で見たいなあと上野を後にしました。

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