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2009年9月25日 (金)

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

多くの方の書評を新聞や雑誌で目にしていましたが、なかなか読めなかった本です。英語に携わる方、英語を勉強中の方、日本語はこのままでいいのとお思いの方、皆さんに読んでいただきたい良書であり問題提起の本です。

日本からアメリカに少女の頃に移り住み、英語を受け入れることができず日本語の小説をむさぼり読み大人になった作者。今では小説家となり英語と日本語の中で格闘している姿に、感動します。英語が世界語になった現在の恐ろしい断面、それにまったく呑気でいる日本の政府と日本人に警鐘をならしています。

世界に類を見ない近代化を遂げているのに、素晴らしい伝統を持つ日本の近代小説や伝統を持ちながらはっきりと認識できていない日本。毎日英語と格闘している私や多くの英語教師の皆さんにとっても、刃のように鋭い痛みを伴う指摘です。しかし問題意識を持ちながらこの困難な時代を乗り越えていくことが、大切なのではないでしょうか。

大きな波―国際化、英語の普遍化という波が私たちを呑み込んでいる、そういう時代。英語に呑み込まれず、むしろ通路ができたのなら日本・日本語という力をむしろ世界に押し出して役立てていくという道はないのでしょうか。ただ恐れているより、相手の姿をよく見ていきたいです。(その2を書きたいかな)

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

プリンさん、こんにちは。お久しぶり~
深くてむずかしい問題ですね。でも、日本は日本人は日本語単一言語の国だからと高をくくっていますよね。外国出身の方々も増えている今の日本、もっと各地で日本語をきちんと教えることが大切かしらね。
それから日本語で書く作家さんで外国籍の方や日本人でもルーツは他の国という方増えていますよね。もっと違う文化の人を受け入れるのも、ひとつの方法だと思うのですが。
タイに暮しましたが、タイのほうが国語を守ることに熱心でしたよ。

投稿: ゆきんこ | 2009年9月29日 (火) 07時27分

ゆきんこさん、こんにちは。
この本、この冬に読みました。ずいぶん至る所で話題になってましたね。
詳細は忘れてしまいましたが、とてもインパクトがありました。
言語は文化の表象でもあり、その国の文化に根付いて発展してきたものだから、それが他の文化と交わって変わっていくのもしかたのないことなのかもしれません。
とはいえ、日本語でなければわからないニュアンスっていうものがあって、私はそういうものが好きなのですが、それは英語やほかの言語でも同じだと思います。そういったものが失われること、それが日本語の物書きでである作者に危機感を抱かせたのかなと思います。

投稿: プリン | 2009年9月29日 (火) 00時57分

問題意識を喚起するという意味では本書は大成功でしたね。
英語を教えているという立場からもいろいろ考えさせられる本でした。英語が広がると同時に、滅びていく言語もあるのですから、もっと考えていきたいです。
そう言いながら英語の小説ばかりを読む自分に、矛盾も感じてしまいます・・・

投稿: ゆきんこ | 2009年9月28日 (月) 21時19分

ゆきんこさん、ヨシオです。ご無沙汰しています。

水村美苗さんの本を読まれたんですね。刺激的な題名ですね。明治維新後の近代的な日本語の書き言葉が出来上がってくる過程はわくわくしながら読みました。現在、私(たち)では、明治時代の小説は既に読みにくくなり、ましてや、それ以前の文章は読めません。でも、これは、いつの時代でも起こってきたことではないでしょうか。

英語が世界語になってしまったいま、世界に発信するには英語を学ぶしかありませんね。それだからといって、日本語の書き言葉が廃れるようなやわなものではないと思いたいです。でも、それには、問題意識を持たなくては。ただただ英語の洪水に流されるままの書き言葉では、いつしか、薄まってしまったような日本語になるかもしれませんから。

では~。

投稿: ヨシオ | 2009年9月28日 (月) 15時53分

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