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2010年4月13日 (火)

村木記者死亡にお悔みを

タイの騒乱が収まりません。ついに日本人記者村木さんが現場で発砲を胸に受けて死亡されました。心よりお悔やみを申し上げます。

タイに5年住み、14年前に帰国しましたが、タイの問題にはいつも心が痛みます。私たちがタイに行って1年過ぎた頃、1992年の5月にタイ騒乱がありました。軍部出身のスチンダ首相の退陣を求めて、盛り上がる世論を背景に前バンコク知事のチャムロン氏を先頭に座り込みやデモがあり、軍部による鎮圧に発展したのでした。

その時も日本人はみな家にいるようにとの連絡網が未明に流れ、夫も職場に行かずにすごし、小中学校・幼稚園も1週間は登校せずに過ごしました。高層の18階に住んでいた私たちのマンションからは市の中心街が垣間見え、たまに煙が立ち上るのも見えました。暴徒が信号機に火をつけたり・・・・色々あったようです。戦車なども市街に出たと聞いたわりにはニュースには管制が敷かれ、制限されていました。ある夜どうも王様から重要なお知らせがあるとのうわさが流れて、テレビで王様の前に関係者一同が座って(本当にいすではなくて、床に横すわりするのです、正式な作法らしい・・・)王様に諭される様子が流れました。

村木さんもここまでの騒ぎになるとは思っていらっしゃらなかったのかもしれません。ロイターも危険度が測れなかったのか・・・でも、あの時騒然とした雰囲気はいつも覚えています。日本人が強制的に退去せざるを得なくなったらどうするか、本気での議論もあったのでした。今回も危ないなと、主人や私は遠くにいながらも感じていました。昔よりもタイの政治は本当に不透明です。プミポン国王陛下がお年を召されたこともあります。

仏教国でおだやかな国・国民でもありますが、激昂した時のタイの人々の熱狂は、日本人とはまったく違います。数多くの戦場を経験された村木さんなのに、本当に残念です。記者として素晴らしい実績をお持ちだったのに、それにつけてもです。早く平和が戻りますように。そしてタイの人々も、村木さんにも安らかなることを。

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